恥の意識

ネガティブで苦しさを生み出す感情の中でも、

恥と言う感覚は、とても厄介で扱いにくい様な気がします。

私自身この恥の感覚がいつまでも根強くありました。(未だに時々顔を出しますが…。)

 

怒りや不安の根底に、またそれらと深く絡み合いながらこの恥の感覚は

心の奥深くに存在しています。

何よりも厄介なのは、恥を感じる事自体を恥ているので

その存在になかなか気づきにくい事です。

 

恥の痛みに向き合わないためには、外面的な自分のイメージを固める必要があります。

 

強い私、できる私、やさしい私、明るく元気な私など

○○な自分のイメージを外側から作り出して

その奥の恥ずかしい自分に決して触れない様にするためです。

 

それでも時折、そのイメージを崩される様な事が起こると

それを守る為にあらゆる手段が取られます。

 

例えば…

相手を攻撃して防衛する場合があります。

バカにされたとか、軽くみられた等と言って怒りをぶつけ

相手を攻撃する事によって自分の恥を見破られない様にします。

 

また内に引きこもる事もあります。

これにより自分の内側を誰にも触れる事の無い様にして守るのです。

 

そして仕事や学業などを猛烈に頑張る事もあります。

理想的な自分のイメージを保つ事で、恥の感覚から遠のく事ができます。

 

さらに、自分を見張るチェカーを配備させて自分の言動を常に見張らせます。

これは、自分自身が自分の言動に最新の注意を払って恥をかかない様にするためです。

 

いずれの場合も殆どが、無意識に行われています。

なぜならば、冒頭にも触れたように、

潜在意識の中でこの恥の感情がある事自体が、恥だと感じているからです。

 

だから怒りや不安の奥に隠れて、

この恥の感情は、なかなか気付かれません。

 

私の場合は、長い間、自己チェッカーと暮らしてきた様な気がします。

人との交流の中で、自分の言動に対し、

しばしばこのチェッカーがダメ出しをしていました。

特にまだお互いを良く知らない相手との交流の後は、厳しいチェックが入ります。

あの言い方は誤解を受けるのでは…。

少ししゃべり過ぎたのでは…。

言葉が足りなったかも…。

あの時斜め前に居た人が不安な様子だったのに、なぜ気にかけなかったのか…。

こんな思いが一人になると頭をグルグルと回ります。

 

このチェッカーが私の中の恥の感情から起こっている事に、

私自身も長い間気が付きませんでした。

 

他の人の言動はあまり気にならないのに、

なぜ自分の言動にこれ程厳しくチェックを入れるのか。

 

そこには、みっともない事をしてしまうだろう自分がいたからなのです。

つまり私は、みっともない存在だと言う恥の感情が根底にあったのです。

 

これは、多分育った過程で刷り込まれてしまったのだと思われますが、

私はこの自分に対する恥の意識に気付くのに、

とても遠回りをしてきた様な気がします。

だけど気付いてしまえば、そうだったのかと理解し受け入れる事ができます。

そして時間はかかってもその思いをゆっくりと癒す事もできます。

 

あー、もう二度とあんな惨めで恥ずかしい思いをしたくない…。

と言う自分の思いに、改めて共感し、寄り添って行く事を

恥の思いが出てくる度に繰り返し行いました。

そうする内に、この恥の意識が少しずつ緩んでいる様な気がしています。

 

 

恥の意識は世界中、誰でも持ちえますが、

特に日本の教育や社会の中では形成されやすい様に思います。

だから、自分の中に苦しさや、生きづらさの様なものを感じたら

じっくりとその奥に、どんな思いがあるのか見つめてあげると良いかもしれません。

 

ひょっとしたら、自分の中の恥ずかしくて

うずくまっている小さな私を見つける事ができるかもしれません。

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